コラム
6.252020
石けんは弱アルカリ性、だから肌に残留しません。
皮膚トラブルで治療に来られる患者さんに、医師は「香料とか添加物の入っていない普通の石けん、安価な石けん」で肌を洗うことを勧めます。香料はアレルギー性接触皮膚炎を引き起こすこともあり、トラブルを起こした肌は洗浄に寄与しない成分は排除したほうがいいのです。また安価だと石けん以外の成分をコスト面からも配合できませんので、洗浄成分以外の添加物が少なくなり、リスクを小さくできます。
治療に来られる患者さんに、医師は石けんで肌を洗うことを勧めますが、洗顔料、ボディソープやシャンプー業界の一部では、石けんは危険物になっています。どうやら、弱アルカリ性という石けんの特徴を欠点としているようです。
弱アルカリ性の石けんは、身体が持つタンパク質を変性させてしまう。目に入った時に激痛が走る、弱酸性の皮脂膜を中和反応によって除去してしまう、毛髪のキューティクルを接着している脂質を溶解してしまうというのです。弱アルカリ性で、少量でも強力に洗浄する石けんを身体に使うには皮膚科学の専門知識が必要だと言う人までいますが、皮膚科学の専門家である皮膚科医は、患者さんに石けんで肌を洗うことを勧めています。
「低刺激性の石けん、弱酸性の石けんは、刺激は少ないのですが洗浄力が劣ります。長い間使っていると、皮膚によごれが残り(アトピー性皮膚炎の)全身のかゆみがひどくなります」
「石けんは皮膚につけても、一分以内には流してしまうものですから、あまり心配はいりません。どうしても刺激が強いというなら、敏感肌用の石けんも市販されています。ただし刺激も少ないかわりに洗浄力が弱いことは致し方ありません」
皮脂や汗など肌の汚れは酸性なので、アルカリ性で中和させれば少量で簡単に落とせます。お掃除で、水垢などのアルカリ性の汚れにクエン酸、油汚れやコゲなどの酸性の汚れに重曹を使うのと同じです。反対の性質のもので中和させるのが汚れ落としの基本で、私たちは長く弱アルカリ性の石けんを使って少量で効率よく肌の汚れを洗浄してきました。
石けんを危険だと言うのは一部の業界関係者や化粧品会社で、合成系弱酸性洗浄剤こそが安心で石けんは危険だと主張します。肌が弱酸性であることで、アルカリ性がもつ物性を挙げることで石けんが危険だという論拠にすり替えています。
たとえば、角質層は主にケラチンタンパク質からなりますが、タンパク質はph4~10を天然状態とし、これよりも強酸・強アルカリになると変性します。石けんの水溶液ph9.5~10.5の弱アルカリ性という物性が、タンパク質を変性させる可能性があることを論拠に石けんは刺激性が高いといいます。しかし実際には、石けんでの洗浄で肌のphは0.6~0.8高くアルカリに傾きますが、皮脂の分泌により45分~2時間でもとにもどるという報告もあり、おおよそ1分弱の短時間では理科の実験のようにはなりません。
肌を清拭した比較試験では、合成系弱酸性洗浄剤と石けんのいずれにおいても清拭直後にph0.4~0.8上昇し、差はありませんでした。肌の汚れの多くは酸性なので、いずれの洗浄剤で洗浄しても少しアルカリ性に傾きます。これが肌を洗う実際です。
肌への悪影響ということでは、むしろ合成系洗浄剤(合成界面活性剤)の肌への吸着残留が大きな問題です。肌への吸着残留という点では、石けんが弱アルカリであることが大きなメリットを導きます。
タンパク質を構成するアミノ酸は両性電解質で、ph環境によって酸(NH3+)またはアルカリ(COO-)に解離します。その電荷が0になるphを等電点といい、角質層の等電点はph4.5~6.5(皮脂を洗浄した直後はアルカリに傾きます)で、ph9.5~10.5の石けんによる洗浄では角質層はマイナスに電離しており、陰イオン界面活性剤の石けん分子は、マイナス同士で角質層と反発し吸着残留を起こしません。
ところが、弱酸性環境下では角質層はプラスに電離し、合成系陰イオン界面活性剤はクローン力により結合することから吸着残留量は多くなります。加えてアルカリ側でも疎水的相互作用による吸着が確認されており、合成系陽イオン界面活性剤や非イオン界面活性剤についても石けんのような角質層との反発が起こらず、疎水的相互作用により吸着残留します。
さらに、洗浄に働いた石けん成分は汚れと中和され、残った石けん成分は水で加水分解され洗浄力を失いますが、合成系界面活性剤は界面活性剤として肌に残留することが最大の問題です。皮膚刺激性、タンパク質変性、頭髪キューティクルのはく離性などが報告されています。石けんにおいても疎水的相互作用により、金属石けん(水中のカルシウム、マグネシウムなどの金属イオンと石けんが反応して生成、洗浄力はない)と遊離脂肪酸の残留があり得ますが、金属石けんは洗浄後の清涼感として残留後、皮脂により分解されます。
合成系洗浄剤(合成界面活性剤)が石けんより優れるというのは、一部の業界関係者が作った売るためのコンセプトです。自然界にないものを新たに作り出す化学活動の蓄積によって、新たな合成系洗浄剤が数多く作り出されてきましたが新規成分は学術成果を待たないと評価できません。そのことが、皮膚科医が石けんを推奨する理由でもあるでしょう。石けん以外の洗浄剤は開発途上であり、評価途上だからです。だからこそ、肌を洗うものとして、石けんをおすすめします。
- 参考文献
- 「皮膚の医学」田上八朗
- 「弱酸性石鹸を用いた清拭の皮膚への影響―アルカリ性石鹸との比較において」岡田ルリ子、徳永なみじ、相原ひろみ他
- 「頭皮・頭髪用洗浄剤としてのアニオン界面活性剤の研究」宮澤清、田村宇平、勝村芳雄など
- 「香粧品における界面活性剤の応用」矢作和行、岩井秀隆